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医療の挑戦者たち 13

糖尿病とランゲルハンス島

すい臓に散在する小さな「謎の島」は
糖尿病の鍵を握っていた。

パウル・ランゲルハンス

大きな医学上の進歩は、一人の学者の力だけで成し遂げられるものではない。その典型といえるのが、糖尿病の原因解明だ。

一八六九年、二一歳のドイツの医学生、パウル・ランゲルハンスは、教授からすい臓の構造をくわしく調べるように指示を受けた。彼は顕微鏡を使った観察に非凡な才能を持っており、それを見込まれての研究テーマであった。

彼はたちまち九種類の細胞を発見する。消化液を分泌する何種類もの細胞…。その中に、消化液とかかわりのない、「島のような」細胞の塊があることに気づく。だが、いくら調べてもその役割は分からない。彼は「私には、これを解明する能力が欠けている」という悲痛な言葉を残し、四十歳の若さで病死した。

だが、彼の研究はその後、報われる。死の翌年、すい臓を失った犬が糖尿病を起こすことが偶然発見され、この細胞塊ににわかに注目が集まった。一八九三年には、フランスの解剖学者が、ここからホルモンが分泌されているのではないかと提唱し、発見者の名を残して「ランゲルハンス島」と命名した。

その後、ランゲルハンス島が分泌するホルモンが不足すると糖尿病を起こすことが突き止められ、その名は「島」を示すラテン語(insula) から「インスリン」と名付けられた。インスリンの注射により、糖尿病がはじめて治療されたのは、一九二二年のことであった。

立ちふさがる「謎の島」の解明。そして、糖尿病治療の進歩。その陰には、多くの研究者たちによる「知のリレー」があった。

(監修/小田原 雅人 先生 東京医科大学 内科学第三講座(糖尿病・代謝・内分泌内科)主任教授)

パウル・ランゲルハンス

ランゲルハンス島の発見から、インスリン治療が行われるまで
研究者たちによる半世紀を超えるリレー。

すい臓にある島状の細胞を発見

ランゲルハンスはベルリン大学で、名高い病理学者であるキューネの指導を受けていた。キューネは、すい臓の消化酵素が、どの部分の細胞から出ているのかを明らかにしたいと考え、これを学位論文の課題としてランゲルハンスに与えた。

1869年、彼は学位論文で、すい臓には9種類の細胞があることを明らかにした。しかしその中に、他とは独立した島のような細胞の塊が存在しており、その働きは見当が付かないと述べている。これが半世紀を超えるリレーの始まりとなる。

彼はまもなく肺結核にかかり、移住したモロッコ沖の島で、「私には、これを解明する能力が欠けている」という言葉を残し、 40歳の若さでこの世を去った。

パウル・ランゲルハンス(Paul Langerhans, 1847-1888.)
パウル・ランゲルハンス
(Paul Langerhans, 1847-1888.)

インスリンを糖尿病治療に役立てるまでの過程

すい臓にある島のような細胞組織は研究者の関心を引き、その後は多くの研究者が登場する。そしてランゲルハンス島から分泌されるインスリン・ホルモンを投与することで、糖尿病を治療できる ことが次第に解明されていく。その主な過程を年代順にあらわすと、次のようになる。

1889年 ドイツでミンコフスキーが、すい臓をとったイヌが糖尿病の症状を示すことを発見。

1893年 フランスの組織解剖学者・ラゲスが島組織を確認し、「ランゲルハンス島」と名付ける。

1895年 アメリカのシェーファーが、糖尿病のイヌに正常なすい臓組織を移植することで症状が

軽減することを証明。

1902年 ロシアのソボリェフが、糖尿病患者ではランゲルハンス島が破壊されていることを発見。

1921年 バンティングとマクラウドが、すい臓の抽出物を投与すると糖尿病症状が

消失することを発見。その物質を「インスリン」と名付ける。

1922年 バンティングがインスリンによる糖尿病治療に成功。

ランゲルハンス島
ランゲルハンス島

糖尿病と血糖値、インスリンの関係

糖尿病は血糖値が高くなる病気

糖尿病にはいくつかのタイプがあるが、「血糖値」が高くなることは、すべてのタイプに共通している。食物、とくに炭水化物が多いものをとると消化・吸収され、血液の中にブドウ糖が作られる。ブドウ糖は血液の流れに乗り、全身の細胞に行きわたって、筋肉や臓器が活動するためのエネルギーとなる。このとき血液中を流れているブドウ糖の濃度を示すのが血糖値である。

インスリンは血糖値を調節するホルモン

インスリンは、血糖値を下げる働きのあるホルモンで、血液中のブドウ糖を細胞に送り込んでエネルギーに変えさせる働きのほか、ブドウ糖を脂肪やグリコーゲンという物質に変え、エネルギー源として蓄える働きもある。インスリンは、このような作用により血糖値を調節している。糖尿病などが原因でインスリンが不足したり、インスリンが細胞に作用しにくくなると、血液中のブドウ糖が細胞に取り込まれなくなり、その結果、行き場を失ったブドウ糖が血液中にたまることで、血糖値が高くなる。

糖尿病と血糖値、インスリンの関係、図解

糖尿病のほとんどは2型糖尿病

糖尿病には、いくつかのタイプがある

糖尿病にはいくつかのタイプがあるが、日本人の糖尿病のほとんどは2型糖尿病である。ほかには1型糖尿病、遺伝子の異常などの原因でなる糖尿病、妊娠糖尿病などがある。

・1型糖尿病

子ども(おもに10代)のうちに始まることが多く、以前は「小児糖尿病」とか「インスリン依存性糖尿病」などと呼ばれていた。すい臓のランゲルハンス島でインスリンを作っているβ(ベータ)細胞が死滅し、インスリンの量が足りなくなって起こる糖尿病。

・2型糖尿病

日本人の糖尿病の95%以上を占めるといわれる。高カロリーの食事や、運動不足など、生活習慣によるところが大きい。インスリンの分泌が落ちて起こるものと、筋肉や肝臓などの細胞がインスリンの作用を受けにくくなり、インスリンの働きが悪くなること(インスリン感受性低下)で起こるものがある。

・遺伝子の異常、他の病気が原因の糖尿病

遺伝子の異常、肝臓やすい臓の病気、感染症、免疫の異常、特定の薬剤を長期に使用した場合など、糖尿病になることがある。

・妊娠糖尿病

妊娠中にのみ現れる糖尿病。妊娠中に増加するホルモンが、インスリンの働きを悪くすることが原因と考えられている。

胎児への影響を避けるため、食事療法、インスリン注射などの治療が行われることが多い。