「この画像を使えば、不可能だった心筋梗塞の手術ができるに違いない」。一九五八年、アメリカ・クリーブランドの病院に勤める医師、メイソン・ソーンズは、一枚のレントゲンフィルムを食い入るように見ていた。
彼は心臓の弁に問題がある患者の大動脈にカテーテル(細長い管状の医療器)を挿入し、Ⅹ線で血管をきれいに写すために「造影剤」という薬を注入した。すると思わぬ形の血管の姿が現れた。カテーテル先端の位置がずれ、造影剤は大動脈から枝分かれする冠動脈に入り込んでいたのだ。当時は、冠動脈に造影剤を入れると、副作用で心停止を起こすといわれていたため、彼はすぐ開胸による心マッサージの準備をした。しかし、実際には一瞬だけ心臓に変調が現れたものの、患者は無事だった。
冠動脈は、心臓に酸素と栄養を供給する血管だ。もし詰まれば心筋梗塞のような病気から心不全を起こし、生命は危機に陥る。だが、その手術法は二〇世紀半ばになっても確立されていなかった。
彼の頭には、たちまちアイデアがひらめいた。「冠動脈を撮影できれば、どの部分が詰まって心筋梗塞が起こっているのかがわかる。そうすれば、手術すべき場所もわかるはずだ」。冠動脈は心臓の拍動とともに大きく動くため、正確に撮影するのは難しい。しかし、彼は数年のうちにその方法を開発した。映画用のフィルムを使い、一秒間に三〇コマという速さで連続的に撮影する装置だ。
心臓や血管の様子を生き生きと描き出す血管造影装置は、心臓のバイパス手術やカテーテル治療を可能にし、心臓血管の医療を大きく飛躍させていく。
※イラストは開発した装置で冠動脈造影を行うソーンズ博士
(監修/代田浩之 先生 順天堂大学大学院循環器内科学 教授)