医療の課題に真摯に向き合い、新たな価値を創造する
社長CEO就任にあたって
この度、代表取締役社長CEOに就任した鮫島光です。改めて経営トップを担う重責に身が引き締まる思いです。私は2002年に入社し、経営企画室からキャリアをスタートさせました。経営企画室では複数の買収案件を担当し、2002年にはスコットランドのバスクテック社、2006年には米国のマイクロベンション社の買収に携わりました。この二つの事業は現在のテルモの業績の牽引役を担っており、それぞれ大動脈瘤と脳卒中の患者さんの命を救う医療に貢献していることを非常に嬉しく思います。2007年からは心臓血管カンパニーのTIS事業を担当、そして2017年からは心臓血管カンパニーのプレジデントとして、同カンパニーのグローバルでの事業拡大を推進してきました。また、2020年からはメディカルケアソリューションズカンパニーのプレジデントとして、主に医療機関(一部家庭用)向け事業と、製薬企業との提携事業の拡大に取り組みました。
私は入社以来一貫して、テルモの製品やサービスがいかに世の中の役に立っているのか、より具体的には医療の発展、医療現場の課題解決、患者さんのQOLに対して価値提供ができているかということと、会社のグローバル化および業績拡大の両立を意識して仕事に取り組んできました。これまでの経験を踏まえると、私たちの使命と目的を果たすために正しいことを正しいやり方で実践すれば、必ずテルモの発展につながることを確信しています。このような考え方をブレずに持ち続け、変化の著しい医療課題・ニーズに、将来においてもしっかりと応えることができる会社にしていきます。そして次の100年に向かって、その基礎を作ることができたら、この上ない幸せだと思います。
新体制の方針
~変わらないこと・変えていくこと~
テルモは1921年の創業以来、「医療を通じて社会に貢献する」という企業理念のもと、真摯に誠実に医療現場に向き合い、医療の発展を支えてきました。会社設立当時の日本では、スペイン風邪の流行により公衆衛生の向上が最重要の社会課題でした。それに対し、医師、技術者、事業家、その他多くの領域の専門家たちが同じ志のもとに集い、国産体温計の製造に踏み出したことがテルモの始まりです。また、1960年代には注射器の再利用による感染症のまん延が社会課題となりました。これに対して感染リスクの低減、また医療従事者の負担を軽減するためにディスポーザブル医療機器へと開発をシフトしました。その後、感染症は徐々に減少し、国民の平均寿命は長くなりましたが、同時に国民の生活が豊かになったことに伴い、がん、循環器系疾患、糖尿病等の生活習慣病が新たな課題となります。これに対して、低侵襲治療を行うための医療機器の開発およびサービスを提供することにより、患者さんのQOL向上に取り組んできました。現在は、健康寿命の長期化という社会ニーズに対応するため、早期発見や患者さんごとの症状、病態に応じた治療の最適化といった医療の個別化の流れも視野に入れながら検討を進めています。このように、テルモは時代ごとの社会課題に応じたソリューションを提供することで、医療の進化とともに事業を拡大してきました。結果として、現在、私たちの製品・サービスは、世界160以上の国や地域の医療機関で使用されています。これほど社会的意義のある仕事に携わることができ、喜びと誇りを感じるとともに、テルモの持つ可能性の大きさを考えると、とてもワクワクしています。私はアソシエイトと共に、テルモのポテンシャルを最大限に広げ、世界で信頼・尊敬され、選ばれる企業にするべく努めていきます。
さて、私たちが深く関わる医療に目を向けると、その進化は目覚ましく、とどまることを知りません。高齢化社会による慢性疾患との共生、医療費や保険料負担の増大と医療財源の逼迫、医療従事者不足、医療格差、バイオ医薬品の拡大、そして高度化する医療と経済性の両立など、これからの医療ニーズは多岐にわたり、複雑化しています。私たちはこうした医療を取り巻く環境変化に敏感に対応し、医療現場に対して価値を届けていく必要があります。価値とはすなわち、医療機関、医療従事者、患者さんの困りごとや課題を解決するソリューションに他なりません。
テルモのこれまでの歩みと今後の医療ニーズを考えると、私たちの5カ年成長戦略「GS26」の骨格は変わりません。「デバイスからソリューションへ」というビジョンと「Delivery(デリバリー)」「Digital(デジタル)」「Deviceuticals(デバイシューティカル)」という三つのフォーカス領域は、これからのテルモの目指す姿を明確に示しています。財務目標についても、成長性・収益性・資本効率性の観点に沿って、売上成長率一桁台後半、営業利益率20%以上、ROIC10%以上と、掲げた目標を引き続き目指していきます。本年度はGS26の3年目にあたりますが、業績は順調に推移しています。しかしながら、我々はさらにその先の5年、10年を見据えたプラスアルファを目指して取り組んでいきます。
創業100年を超える歴史の中で培ったテルモの伝統・強みを生かしつつ、変わらないこと、変えていくことをしっかりと見極めて、未来志向で経営のかじ取りを行っていきたいと思います。
まず、変わらないことです。私がテルモの強みと感じていることの筆頭は、「医療を通じて社会に貢献する」という企業理念が非常に多くのアソシエイトに深く根付いていることです。それが一人ひとりの内発的な動機付けの源泉となり、世界で3万人を超えるアソシエイトを支えています。また、判断の拠り所となる価値観を示す「コアバリューズ」、そして正しく行動するための道しるべとしての「テルモグループ行動規範」は、経営陣はもちろん、全アソシエイトの活動の指針となっています。また、医療を止めないこと、すなわち、製品・サービスを安定供給することは私たちの責務です。2018年、私が心臓血管カンパニーを率いていた時、基幹工場の1つである愛鷹工場で滅菌工程の評価手法見直しに伴う出荷遅延があり、医療現場に多くのご迷惑をおかけしました。医療の一端を担う企業として、あの苦い経験を二度と繰り返すことのないよう肝に銘じ、取り組んでいきます。そして、確かな技術に裏打ちされた最高品質の医療機器の開発・製造は絶対に譲れません。「いつ使っても同じ」「どれを使っても同じ」という『均質』にこだわったモノづくりが、安心感・価値を医療従事者、そして患者さんにお届けすることにつながっています。それは、これからも変わることはありません。
一方、変えていくこともあります。医療を取り巻く社会環境が急速な変容を遂げる中、私は健全な危機感を持って経営に当たりたいと考えています。私たちが直面する問題は複雑かつ深刻度を増しており、単なる製品提供で解決できる課題には残念ながら限りが出てきています。複数のデバイス、デバイスと医薬品、デバイスと診断の組み合わせや、デジタル技術を生かしたサービス、医療従事者や患者さんに対する啓発活動など、私たちは最大限にクリエイティビティを発揮して、ユーザーや患者さんに喜ばれ、選ばれるソリューションを提供していく必要があります。そのためには、ソリューション開発の加速とイノベーションの強化が欠かせません。既にその具体的な萌芽が表れつつあります。GS26のフォーカス領域である3つのDに沿って、ご紹介します。
1つ目はDeliveryです。英国・スコットランドに本部を構えるテルモアオルティックが提供するステントグラフトは、大動脈に病気のある患者さんになるべく負担の少ない方法を用いて患部までデリバリーし留置するデバイスとして用いられています。血管の形や大きさ、派生する血管の角度といった特徴は患者さんごとにさまざまです。既製の製品では対応が困難な複雑病変の場合、製品のサイズや形状などを調整したカスタム製品も提供しています。大変喜ばしいことに、この度、英国王賞を企業・イノベーション部門にて受賞し、2024年7月に英国のウィンザー城にて授賞式が行われました。
2つ目はDigitalです。2024年3月にメドコム社との業務資本提携を締結しました。同社は、高いセキュリティ環境下で使えるスマートフォンのサービスを提供しています。テルモの輸液ポンプ・シリンジポンプ、通信機能付きバイタルサイン測定機器「HRジョイント」などのデータと連携することで、同社のプラットフォームを通して患者さんのリアルタイムな情報にいつでもアクセス可能になります。医療の世界でも働き方改革が進む中で、場所や時間の制約を超えて患者さんを常に見守ることができる環境を作り出し、患者さん中心の医療を実現する医療機関の取り組みを支援していきます。
3つ目はDeviceuticals、すなわち医療機器と医薬品が組み合わさったソリューションです。血液の中に含まれる血漿成分を原料として作られる薬、すなわち血漿分画製剤は世界的に需要が多く、さらに拡大を続けています。その代表例は免疫グロブリン製剤ですが、免疫に関わるさまざまな病気の治療に使われています。血液・細胞テクノロジーカンパニーが提供する原料血漿採取システム「Rika」の生産・オペレーションの改善が軌道に乗り、CSL社が運営する血漿採取センターでの導入が進んでいます。
今、テルモには、これまでの延長線上にない変革が求められていると考えています。多様化するニーズにスピード感をもって応えていくために、内部開発を中心にしつつも、オープンイノベーションを促進し、スタートアップ企業との協業も含むあらゆるリソースを活用していきます。私たちのイノベーションとは、既存市場におけるデバイス開発に留まらず、新たな着想をもって新しい市場・価値・ソリューションをも創出することです。
一方で、ポートフォリオの最適化にも取り組みます。当社のユニークな事業ポートフォリオのリスク耐性は、新型コロナパンデミックにおいても実証されました。とはいえ、現在のポートフォリオ構成が必ずしも最善な状態であるとも考えていません。全社視点でのシナジー効果や、成長と収益の両面から、また業界のリーディングカンパニーとして医療インフラの供給責任を考慮しつつも、より企業価値を高める方向性を探るべく、事業ポートフォリオの再点検を進めます。
サステナビリティ経営の強化
本質的な企業価値向上に向けて、私たちが目指すのは、数字ばかりではありません。
ガバナンスの観点では、2024年4月より管掌役員の役割を明確化しました。まず、イノベーション担当役員として、研究開発や事業開発の経験豊富な長田敏彦が就任しました。研究開発部門、DX推進室、知的財産部等を包括的に管轄することで、今後の中長期も見据えた技術革新を推進します。次に、グローバルサプライチェーン・品質・EHS(Environment, Health and Safety)担当役員を広瀬和紀が担います。高品質な製品をEnd to endで安定供給する安心・安全な体制の強化を進めます。さらに、コーポレートバリュープロモーション担当役員は、国元規正が務めます。社会・顧客・社内のコミュニケーションを通じて企業価値向上を目指します。最後に、社長CEO直轄部門として、会社の重要な資産である経理・人事部門、また健全な企業経営をつかさどる内部統制部門についても直下に置くことで、経営資源の有効活用とバランスの取れた事業活動の実現を目指します。同時に社外取締役を含めた経営の透明性と客観性の向上、意思決定の迅速化をより一層進めることでコーポレート・ガバナンスのさらなる強化につなげていきます。
続いて、環境についてです。私たちは2040年度のカーボンニュートラル実現という目標に向けて順調に進捗しています。自社に直接関わるScope 1+2排出量においては、2023年度も削減目標を達成しました。また、自社のプロセスの上流・下流に当たるScope 3排出量についても、サプライヤーや製薬企業と連携し、CO2排出量削減に向けた取り組みを進めています。例えば、製薬企業とテルモは、医薬品を同じ医療機関に配送・納品するという共通する業務があります。これを共同配送にすることで、環境への負荷低減に取り組んでいます。これはあくまで一例にすぎませんが、環境に配慮した経営を進めています。
そして、ヒトに関してです。たとえ立派な事業と成長戦略があったとしても、それだけで企業価値拡大は成し得ません。実行し、実現するのはヒトです。だからこそ、テルモは人財への投資を惜しまず、経営戦略の一環として人財育成に尽力するとともに、真剣にDE&I推進に取り組んでいきます。次世代リーダー候補が参加して実施しているグローバル研修プログラムへの参加者は300人を超えました。性別、国籍はもちろん、異なるキャリアバックグラウンドのメンバーが混ざり合うことによって、会社はより良い適切な方向に進むものと私は強く信じています。
最後に、社会とのつながりという観点で日本赤十字社との取り組みをご紹介します。2024年6月、日本赤十字社との包括パートナーシップ協定を締結しました。災害支援のための寄付や、これまで社内で実施してきた献血活動や社会貢献としての「献血の輪」を広げる活動をはじめ、地域医療・社会の発展や課題解決に向けて積極的に取り組んでいきます。
医療課題の解決を志す取り組みこそがテルモの事業そのものであり、私たちは、事業活動を通して社会価値創造、ひいてはテルモの企業価値最大化を目指し、飽くなき挑戦を続けてまいります。ステークホルダーの皆様には、今後とも一層のご理解とご支援を賜りますよう、お願い申し上げます。