TERUMO STORY エピソードで綴るテルモの歴史 SINCE1921

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電子線滅菌を採用したシリンジ生産
───フィリピン工場の設立

アジア市場とグローバル展開を視野に入れた工場建設

テルモがアジア市場に本腰を入れて取り組みはじめたのは、1990年代半ばのこと。それはまた、テルモの本格的なグローバル展開の始まりでもありました。当時、中国をはじめとするアジア諸国は、急速な経済発展を実現しており、医療機器分野でも欧米に続く成長市場として脚光を浴びていました。テルモはこうした海外・世界市場の動きに対応して、アジアを重視した事業展開を進めることにしたのです。

当時、アジア地域でのディスポーザブル医療器の売り上げは年率20%にものぼっていて、日本で生産しそれをアジアの市場に供給するのでは間に合わないほどでした。米国のテルモメディカル社の製品を仲介貿易の形でアジア市場に供給してなんとか賄っている状態だったのです。

「杭州、長春の中国地域以外でも、アジアで生産工場を持ち、安定した製品提供をしなければならない」ということから、フィリピン、タイ、インドネシアなどでの工場建設用地探しが始まりました。最終的には、労働力が豊かで、教育水準も高く、英語でのコミュニケーションもできることから、フィリピンのマニラに工場を建設することが決まりました。生産品目は、テルモのアジア市場での主力製品であるシリンジが選ばれました。

設備機器の情報・データ収集に奔走して

フィリピン工場の特徴は、テルモで初めて電子線滅菌を採用したことでした。電子線滅菌は、ガンマー線滅菌よりも処理時間が短く、放射性廃棄物の心配がない等のメリットがありました。電子線滅菌は特殊な設備であったため、導入に当たっては海外メーカーに頼らざるを得ず、どんな生産設備なのかの情報・データが少なく、機種の選定や照射試験などにスタッフは大変苦労しました。その甲斐あって、2000年4月から本格的な生産に入ることができ、フィリピン、タイ、マレーシアなどアセアン諸国に出荷することができたのです。

シリンジに続いて、2001年から誤接続防止カテーテルチップシリンジを、2002年から導尿バッグの生産を開始しました。これらの2品は、日本への輸出を含むグローバル商品と位置づけられたものです。こうして世界市場に目を向けたアジアでの生産基地が本格的に稼働したのでした。

フィリピン工場で生産をスタートさせたとき、総人員はわずか40名でした。現在フィリピン工場では16名の駐在員を含め約800名(2011年9月末)のアソシエイトが働いており、テルモのアジア中核工場としての役割を担っています。

フィリピン工場開業式を伝える2000年6月22日付「MANILA BULLETIN」記事 フィリピン工場開業式を伝える2000年6月22日付「MANILA BULLETIN」記事

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