TERUMO STORY エピソードで綴るテルモの歴史 SINCE1921

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「七人の侍」が来た
───インドで血液バッグの生産を開始

日本から派遣された技術指導の若き社員たち

1999(平成11)年6月、海外第2の血液バッグの生産拠点として、インドのペンポール社との合弁会社「テルモペンポール社」が、設立されました。

インドは、90年代からは経済自由化を推進して、堅実な経済成長を遂げた人口10億人を超える巨大市場です。経済成長に伴って中間所得層が増え、医療水準が上がり、テルモでも1997年にチェンナイ支店を開設、血液バッグ、血管造影・治療用カテーテル、人工肺、ME機器などの販売体制を充実させてきました。けれども、血液バッグについてはその輸入関税は40%を超え、日本からの輸入に頼っていたテルモのシェアは15%しかありませんでした。テルモペンポール社の設立は、海外生産拠点の拡充とともに「なんとかインドでのシェアアップを図りたい」という切実な願いから生まれたのでした。

テルモテンポール社を設立すると、技術指導と生産能力の拡充のため、主に富士宮工場から若手のメンバーが派遣されることになりました。彼らが到着すると、現地のスタッフは彼らを黒沢明監督の映画「七人の侍」になぞらえて、“Seven Samurai”と呼んだものでした。

インド国内、中南米地域向けの血液バッグを出荷する

テルモペンポール社オープニングセレモニー テルモペンポール社オープニングセレモニー

テルモの七人の侍は、数カ月にわたって生産立ち上げに奮闘しました。文化の壁を越えコミュニケーションを深めながら、設備の据え付け、現地スタッフへの技術指導を実行し、2000年4月、インド国内、中南米地域向けの血液バッグ出荷に漕ぎつけたのでした。

開業式は2000年5月、工場内でお客様、アソシエイト250人が出席して行われました。式典では工場の合唱団が、日本からの派遣者から教わった「君が代」を日本語で歌い、和やかな雰囲気のうちに進行していきました。

中国、フィリピン、インドなど1990年代半ばから相次いだテルモのアジア地域での工場建設は、生産コストの低減とともに、海外市場に向けた輸出基地となり、テルモのグローバル展開の上で重要な役割を果たしました。

 

生産風景 生産風景

工場開業式での君が代合唱 工場開業式での君が代合唱

 

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