TERUMO STORY エピソードで綴るテルモの歴史 SINCE1921

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極寒の中での工場建設
───長春テルモスタート

マイナス30度。生産設備の搬入が始まった!

1997(平成9)年初頭、中国・長春の建設現場はマイナス30度という寒さでした。この極寒の長春で、日本から運んだ生産設備の搬入がいよいよ始まろうとしていました。

中国ではすでに杭州工場が稼働しており、長春は2つ目の工場となります。長春工場は血液バッグ生産を目的に建設されることになり、血液バッグを生産している現地の長春康達という会社との合弁会社としてスタートすることになりました。中国では血液事業はすべて国営であったことから、外国企業が単独で参入することはできなかったのです。

長春康達は、コストをかけないで生産するノウハウはありましたが、設備は古く、そのままでは使えないため、建物をリニューアルするとともに、日本から生産設備を運び入れることにしました。しかし、中国政府の海外からの設備機器導入の関税免除が一時撤廃されそうになるなど、さまざまな障害が立ちふさがり、長春工場建設が一時期危ぶまれる事態も生じました。そんな困難を克服して、やっと搬入にこぎつけたのです。

壁を破壊して設備機器を導入する中国式発想に驚く

あたり一面雪が積もり、凍える寒さの中、それでも日本から工場建設のために長春にやってきたテルモのスタッフは、中国の工場での生産活動に思いをはせ胸を躍らせていました。

設備の搬入が始まりました。しかし、4階の工場にクレーンで設備機器を運び入れたくても、足場となるスペースがありません。そこで、まずやぐらを4階まで組んで、いったんクレーンで設備を持ちあげることにしました。やぐらをつくるといっても、積もった雪をかき分ける作業から始めなければなりませんでした。

長春工場建設風景 長春工場建設風景 長春工場建設風景

やっと運びあげた設備ですが、工場内に入れるための適切な開口部が見当たりません。すると、いっしょに作業していた中国の施工業者は、いきなりハンマーでレンガの壁を打ち壊して、開口部をつくり設備機器を搬入してしまったのです。日本人スタッフは、この大胆なやり方に「さすが、中国、発想が違う」と感心し、文化の違いを痛感したのです。

こうして年間500万セットのラインが完成、1998年1月15日、中国市場向けの血液バッグが初出荷されました。テルモの血液バッグはその品質の良さが中国の医療関係者から評価され、順調に売り上げを伸ばしていきました。2003年、中国側との1年余りの交渉の後、長春テルモは独資に移行することができました。

1998年1月15日 初出荷式 1998年1月15日 初出荷式

 

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