TERUMO STORY エピソードで綴るテルモの歴史 SINCE1921

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杭州工場の設立
───中国最初の生産拠点づくり

立地の良さ、民意の高さ、日本との交流の深さから杭州を選ぶ

日本のメーカーは、1980年代から90年代にかけて、東南アジア諸国や中国に工場をシフトする動きが急激に進みました。なにしろ東南アジアや中国の労働者の賃金が日本に比べて圧倒的に安く、低コストでの生産が可能だったからです。国際的な企業競争も激しくなり、メーカーは少しでも安く生産し、価格競争に勝ち抜く必要がありました。

テルモも、この頃から中国の生産拠点づくりを考え、どこに工場を建てるかを検討していきました。けれど、中国で事業を興すといっても、中国語ができるのは、テルモの社内でもわずか3人しかおらず、このメンバーで中国室をつくり、中国の情報収集をスタートさせたのです。

工場の建設地をどこにするか、いろいろ検討しているとき、浙江省の杭州に海外企業を誘致する杭州経済技術開発区が設けられていることがわかりました。立地条件の良さ、民度の高さ、遣唐使が立ち寄るなど日本とのつながりの深さなどから、杭州に中国で最初の工場を建設することを決定したのです。

よりよい商品づくりのために

1996(平成8)年6月に起工式を行い、日本と同じレベルでの工場建設を実現するため、日本のゼネコンに工事を委託しました。翌年5月、工事が完了、晴れ渡った杭州の空にアドバルーンが上がる中、杭州工場の開業式が盛大に行われました。生産品は国内の需要が高く、生産力の増強が求められていたサフィードと、手作業で生産できる輸液セットが選ばれました。

1997年5月13日 杭州工場開業式 1997年5月13日 杭州工場開業式 1997年5月13日 杭州工場開業式

 

杭州工場での生産風景 杭州工場での生産風景

また、中国の女子社員たちはいざ仕事となると、手先が器用で、目もよく、飲み込みも早く、異物検査では、持ち前の視力のよさで、日本人には見つけられない異物をかんたんに発見し、見回りに来た日本人の幹部を驚かせたりもしました。

1997年6月、杭州工場からサフィードと輸液セット製品が日本に向けて初出荷されました。テルモの長い歴史の中で、中国から出荷された初めての製品でした。

 

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