TERUMO STORY エピソードで綴るテルモの歴史 SINCE1921

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研究開発こそ企業の生命線───湘南センターの開設

効率化を図り、高レベルな技術開発を目指して

テルモは優良な体温計の国産化を目指して、北里柴三郎博士や多くの医師の協力のもとに誕生した会社です。テルモの企業の初心は、技術開発による社会への貢献の志であり、それこそがさまざまな医療機器を開発した原動力といってもよいでしょう。

1970年代半ば、テルモの中で大きなプランが立てられていました。それは技術を生命線とする企業として「総合研究センター」を設立することでした。それまで、研究開発部門は、本社、富士宮地区、甲府地区に分散していました。総合的な研究センターの設立は、研究体制を集約して研究開発の効率化を図り、新分野を開拓、国際的な技術力・スタッフを養成することを目的としたものでした。

まず土地探しから始まりました。遠く茨城県筑波山から東京都八王子まで関東一帯のめぼしい土地を、担当者はくまなく足を運び、どこが研究開発にふさわしい場所か見て回ったのです。そうして決まったのが、テルモ本社と静岡県の事業所の中間にあり、東名高速道路秦野中井ICに近い、神奈川県足柄上郡中井町の土地でした。

土地は決めたものの、買収には土地所有者の賛同を得なければなりません。土地価格に見合った買収金の提示はもちろん、研究所の持つ社会的な意味、そしてなによりも誠意を示すことが必要でした。75人の地主、代替地の地主を入れて150人弱の地主の説得に3年有余の時がかかりました。

科学研究情報誌「nature」で研究員を募集

南に相模湾、西に富士山、北に丹沢を望む、湘南の明るい陽の光が差し込む高台に、1989(平成元)年11月、まず研究開発センターが完成しました。続いて1990年7月、情報管理センターが完成、総合研究センター(湘南センター)としての陣容がここに整ったのです。

器(ハード)は整いました。問題はどんな技術開発・研究(ソフト)に取り組んでいくかでした。研究開発センターでの研究は、基本的には製品開発のためのものですが、先行性・創造性の高い技術レベルを獲得するために、基礎研究部門も設置し、国内外の研究者を募ることにしました。研究者募集に利用したのは、世界的に権威のある科学研究情報誌「nature」で、多数の応募者の中からイギリス人2名、医師1名を招き、総勢10名の体制で基礎研究がスタートしました。

こうして、基礎研究から製品開発のための研究まで、湘南センターはテルモの技術開発の中核として、今日までその使命を担い続けています。

「nature」誌で研究員を公募 「nature」誌で研究員を公募

湘南センター 湘南センター

 

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