TERUMO STORY エピソードで綴るテルモの歴史 SINCE1921

もどる

全自動化ラインの稼働───甲府工場の完成

ガンマ線滅菌を組み込んだ画期的な全自動工場た

1983(昭和58)年、テルモの主力工場のひとつ甲府工場が完成しました。それまでの富士宮や愛鷹工場は富士山の南麓の静岡県にありましたが、甲府工場はその反対側の山梨県に設立されました。

甲府工場はテルモの生産システムを専門化し、より効率的、体系的なものづくりを進めていくことを目的としていました。それまで、富士宮工場や愛鷹工場では、技術系統の違う商品が同じ工場でつくられ、異なる技術集団が混在していました。それをそれぞれ専門分野の技術集団でまとめ、高い付加価値の製品をつくろうというものでした。

また、医療機器専門生産工場として、安全に安定して稼働させることも、甲府工場の大きな使命でした。そのために、菌などが付着せずに安全性の高い商品を生産できる無人の全自動化設備、安定して確実に滅菌を行えるガンマ線滅菌の導入など、甲府工場はテルモの生産システムの大きな転換点でもあったのです。

<原料受け入れ―生産―ガンマ線滅菌―出荷>このようにガンマ線滅菌を組み込んだ自動化生産システムは、世界でも最先端を行く工場として、他メーカーも驚くものでした。

水槽内の滅菌用ガンマ線源 水槽内の滅菌用ガンマ線源

富士川から甲府・昭和両工場をのぞむ 富士川から甲府・昭和両工場をのぞむ

 

安定稼働を願って女子社員はお稲荷さんに祈った

甲府工場敷地内の稲荷神社 甲府工場敷地内の稲荷神社

けれども、この自動化生産システムは最初のうち、なかなか思うように働いてはくれませんでした。特に問題だったのが、輸液セットのチューブのような「軟らかい」製品の自動化でした。軟らかいチューブは、いってみれば気ままに動き、設備がその動きについていけなかったのです。一貫生産工程になっているだけに、チューブの工程で止まると、全工程に影響が出てしまい、安定稼働にはほど遠い状態がしばらく続きました。

機械が止まるたびに悪い個所を点検し、一からやり直す。そんな作業を何度も繰り返し、甲府工場が稼働してから2年、ようやく安定生産に漕ぎつけることができました。

甲府工場の敷地内には、お稲荷さんを祭った小さな神社があります。甲府工場が立ち上がったものの、なかなか安定した稼働ができなかった頃、安定生産を願ってこのお稲荷さんに手を合わせてから帰宅する多くの女子社員がいたそうです。その姿を目にして、日夜苦闘していた幹部の一人は、胸に熱いものが込み上げてきたと語っています。

輸液セットの生産ライン。軟らかいチューブの動きに悪戦苦闘した 輸液セットの生産ライン。
軟らかいチューブの動きに悪戦苦闘した

 

このページの先頭へ

前の記事へ

次の記事へ