TERUMO STORY エピソードで綴るテルモの歴史 SINCE1921

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初めての海外販売拠点づくり
───テルモアメリカ社の設立

日本からの出向3人、現地人12人の15名でスタート

テルモの海外での販売拠点づくりは、アメリカとヨーロッパから始まりました。当初、アメリカでのテルモ製品の販売は、輸入業者を通じて行っていました。それなりの業績はあげていましたが、本格的に販売を拡大していくためには、アメリカに会社をつくり、社員で販売していくことが必要でした。1971(昭和46)年4月、テルモの真空採血器を輸入して販売していたユニポン社の営業権を譲り受け、カリフォルニア州コンプトン市にテルモアメリカ社を現地法人として設立しました。資本金は20万ドル、延べ床面積2200平方メートルの倉庫付きの事務所を借り、テルモ本社からの出向3名、現地人12人の計15名でスタートしました。

テルモアメリカ社設立当初のアソシエイト テルモアメリカ社設立当初のアソシエイト

しかし、ユニポン社から継承した販売網は、カリフォルニアを中心とした地域に限定されていたこと、強力なアメリカのメーカーが行く手に立ちふさがっていたことなどから、思うように売り上げが伸びていきません。当時はアメリカに拠点を置いて販売活動を行う日本メーカーは少なく、医療機器分野ではテルモが初めてでした。テルモの知名度も低く、日本の医療機器への信頼もまだまだの状態だったのです。代理店探しも難航し、大手の代理店はテルモ製品の販売を引き受けてくれない状態でした。

逆風を乗り越え、販売実績を伸長させる

当時の社会情勢もテルモのアメリカ進出に大きな壁となっていました。71年7月、アメリカ西海岸で港湾ストライキが発生し、日本からの船荷が陸揚げできず、販売時期を逸する事態も起きました。なお悪いことに、同年8月には当時のニクソン大統領によって10%の輸入課徴金導入が発令されるなど、逆風はなかなか収まりませんでした。

それでもテルモの国際化への情熱は衰えませんでした。テルモアメリカの社員たちは、代理店のもとに足を運び、粘り強くテルモ製品の良さをアピール、説得していきました。やがて、大手の代理店との取引もできるようになり、また大都市を中心に、営業メンバーを配置するなど懸命な努力を続けていったのです。

それらが実り、1973年度の売り上げは前年度の2倍にまで伸び、テルモアメリカ社の社員は自信をつけていきました。

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