TERUMO STORY エピソードで綴るテルモの歴史 SINCE1921

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「枕元輸血」から塩化ビニール樹脂製バッグの輸血へ
───血液事業への挑戦

感染症を引き起こさない血液バッグがほしい

昭和20年代のこと、輸血が必要な患者さんには、血液型の合う家族や親族から血液を注射器で採取し、それを患者さんに直接輸血していました。このことを「枕元輸血」といい、当時は一般的な輸血方法でした。しかし、枕元輸血では血液型が合う人が少ないことや感染症をチェックできないことから、献血によって集めた血液を保存しておき輸血する方法へと次第に変わっていきました。また、輸血する際に、全血液を輸血するのではなく、治療の目的に応じて、赤血球、血小板、血漿などの血液成分ごとに輸血する、「成分輸血」が主流になりました。

輸血用の血液は、長い間ガラス製の採血瓶に保存されてきました。しかし、ガラス瓶を使うと、輸血するときエアー針(通気針)を必要とすることから、汚染の可能性が高くなるなどの問題があり、アメリカでは日本に先んじて塩化ビニール製の血液バッグが開発されていました。テルモは、日本の医師の間から「私たちも血液バッグを使いたい」という要望に応えるためにも、血液バッグの開発を大きなテーマに掲げたのでした。

安全性、使い勝手に優れた血液バッグの開発に成功

発売当初の血液バッグと輸血セット 発売当初の血液バッグと輸血セット

血液バッグの開発は試行錯誤の連続でした。大変だったのが、バッグに使う素材の開発でした。塩化ビニールを柔軟にするための配合剤の選定からはじまり、素材から血液成分に影響を与える物質が出ないか、耐熱性・耐寒性はどうかなど、一つひとつの課題をクリアしていきました。

赤血球の生存率を測定するときには、テルモのスタッフ自らが血液バッグに採血し、これを21日間保存したのち、またスタッフの体に戻し、赤血球がどれだけ残っているかを測定しました。まさに「体を張って」血液バッグを開発していったのです。

こうした努力が実って、1969(昭和44)年に日本で初めての血液保存液入り血液バッグ(商品名:テルフレックス)が発売されました。この商品は、テルモにとって初めての医薬品でもありました。 血液バッグは、採血、成分分離、輸血のいずれの段階でも外気に触れることがないクローズド・システムであるため、空気感染による感染症のおそれがないこと、遠心分離によって血液成分を容易に分離できること、プラスチックバッグのため、酸素が通りやすく、赤血球や血小板の保存率が高いなどの優れた特徴がありました。

テルモではその後も品質向上に取り組み、1973年に血液バッグの連結部を折り曲げるだけでスムーズに血液成分を子バッグに分離できるクリックチップ機構を開発し、さらに安全性と使い勝手の良さを向上させていったのです。

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