先生からのメッセージ

口腔ケアは、口の中を清潔にして感染症を防いだり、口腔の機能訓練として欠かせないケアとなっています。肺炎死の90%以上が65歳以上の高齢者と考えられていますが、口腔内の劣悪な状態が肺炎の発生に関与している可能性も指摘されています。患者さんの状態によってはコミュニケーションが難しい場合もありますが、患者さんをよく観察して、できる限り患者さんに合ったやり方で口腔ケアをすることが大切です。

戸原先生 略歴
1997年、東京医科歯科大学歯学部卒業。 同大大学院卒業後藤田保健衛生大学医学部、米国ジョンズホプキンス大学医学部研究生。2003年より東京医科歯科大学歯学部付属病院高齢者歯科医員・助手、同病院摂食リハビリテーション外来医長。2008年日本大学歯学部摂食機能療法学講座准教授を経て2013年より現職。2007年第9回在宅医学会学術大会一般演題優秀賞、2008年第13回日本摂食・嚥下リハビリテーション学会書学術大会奨励賞、同年第1回呼吸ケアと誤嚥ケア学会学術大会最優秀賞など。

戸原玄 先生(監修)
  • 口腔ケアの目的と意義
  • 口腔ケアの実際

要介護者の口腔ケア

目的は口腔の清掃と機能訓練の二つ

高齢社会になるとともに「口腔ケア」という言葉がよく知られるようになってきました。高齢や病気などで介護が必要な人に対する口腔ケアには、大きく分けて「口腔の清掃」を目的とするものと、「口腔の機能訓練」を目的とするものがあります。口腔の清掃は「誤嚥性肺炎」の予防に、口腔の機能訓練は「口腔機能の低下」の予防に結びつきます。また口腔を湿潤な状態にし、乾燥を防ぐことも、口腔機能を維持・向上させることにつながります。経管栄養摂取中でも、口腔内には細菌が付着しているため、口腔内の環境を良好に保つ上でケアが必要となります。実際の口腔ケアの現場では、口腔の清掃と、機能訓練の両方を兼ねて行う場合も多くあります。

口腔の清掃=誤嚥性肺炎の予防。口腔の機能訓=口腔機能低下の予防。

急性期と慢性期の口腔ケア

対象患者に応じた口腔ケアの目的

口腔ケアの目的は、患者さんによっても異なってきます。たとえば急性期の患者さんで、現症として全身の状態が悪い、意識が戻っていない、発熱があるなどの場合、自分で食べることができないこともあります。そしてその状態が長く続くと、そしゃく筋群に廃用性の委縮などの変化が生じ、口腔機能が低下してきます。そのような場合、肺炎を防ぐため口腔の清掃をするのはもちろんですが、口腔周囲の筋肉の機能訓練も必要になってきます。口腔ケアを必要とする慢性期の患者さんの代表は、施設にいらっしゃる要介護高齢者です。普通のご飯は食べられないけれど、ミキサー食なら食べられるといった人たちの多くには認知症があります。そのような病気のため、自分では歯を磨かないという人では、肺炎を防ぐために口腔を清掃する意味で、口腔ケアをしてあげることが必要になってきます。

誤嚥性肺炎と口腔ケア

口腔ケアの目的は口腔の清掃と機能訓練ですが、この二つの目的は誤嚥性肺炎の予防と密接にかかわってきます。誤嚥により口腔内のものが気道に入ったとき、口腔内が不潔でカンジダ菌などの微生物が多いと、それらが気管支から肺胞に達し、肺炎を起こす可能性が出てきます。また口腔機能が落ちていると、食べたり飲んだりするとき、むせて誤嚥することが多くなってしまいます。逆にいえば口腔ケアは、口腔の清掃と機能訓練の両面から誤嚥性肺炎の予防に寄与するともいえるのです。

口から食べるということ

口から食べる喜び

口腔ケアを通して口からものを食べられるようになることは、いろいろな面での効用があります。たとえば胃瘻で完全に何も食べていない患者さんと、胃瘻ではあるが少しだけ口からも食べている患者さんでは、かなり違ってきます。少しでも食べられる場合は、食べ残しがあったとしても、「料理がおいしい」とか家人と会話することができますが、完全に食べられない患者さんの場合それは不可能です。また完全に食べない患者さんがいる家では、家族の食事の支度をするとき、あまりいい匂いをさせるとかわいそうだということで、引け目を感じてしまうこともあります。少しでも食べられるという場合、そういった壁はありません。40代くらいと比較的若くても、脳卒中になった人の一部には、延髄を傷めて嚥下障害を起こす人がいます。手足は結構動くのに、咽喉に障害が起こるわけです。そういった患者さんに対しリハビリをして、少しでも飲めるようになったりすると、もう患者さんも、ご家族も、私どもも、本当に達成感を感じることができます。

口腔ケアの準備としてやること

まず上半身を起こして顔を拭く

意識障害などで目が覚めていない人は仕方がありませんが、そうでなければ上半身はなるべく起こしましょう。寝たきりに近い人の上半身を起こしたとき、姿勢を保てずくずれた形になってしまうことがありますが、できるだけ体勢を整えてあげます。頭部が後屈していると誤嚥を生じやすく、反対に前屈しすぎていると、呼吸や開口がしにくくなります。口腔ケアにかかる前、濡れタオルで顔を拭いてあげるのもいいと思います。鼻のところも、鼻垢をぬぐい取る感じできれいにします。これはリラックス効果もありますが、口腔ケアで顔などを触ったとき、手に付いた細菌などをそのまま患者さんの口腔内に持ち込まないようにするためでもあります。また鼻垢がたまりすぎていると、息がしにくいので口で息をするようになり、口腔内が乾燥しやすくなります。

患者さんに合わせ口腔ケアを

まず口の中を見ること

口腔ケアを有効なものにするには、決まったメニューをマニュアル的にこなすのではなく、患者さんに合ったケアは何かを考えてすることが大切です。歯のない人に歯ブラシは必要ありません。口腔内が潤っている人に保湿は意味がありません。患者さんに合った口腔ケアをするには、まず口の中をしっかり見ることです。食べかすがあるか、口腔内が乾いていないか、舌はどうか…。そのようなところを見れば、おのずと適切な口腔ケアは見えてきます。

見えにくい乾いた痰

口の中をよく見なければ分からないのが、上あごに付いた痰です。いつも口を開いているため口腔内が乾いていると、バリバリに乾いた痰が上あごのところで何層にも付いていたりします。普通に顔の様子を見ていても気がつくことはないので、口の中をしっかり見る必要があるのです。ウェットタイプのティッシュなどで、こびりついた汚れを浮かせて取り除きます。こういう乾いた痰が発見される患者さんは、喉にも痰が付いている可能性が高いので、吸引してみる必要があります。また酸素を吸入している患者さんも口腔内が乾燥しやすいので、痰には注意が必要です。口腔内が乾いている患者さんには、保湿用ジェルなどでケアしておくのも乾燥防止に効果的です。

舌苔のケアも患者さんの状態に応じて

舌苔はどこまで取るか

たとえば舌苔を取るという口腔ケアの方法がありますが、舌にコケがどれくらい付いていたら取るのか、どれくらいまで取るのかと質問されることがあります。これについては、患者さんの状態に応じて違うというしかないのです。まず言えるのは、舌に薄白くコケがついている、舌の表面の粘膜が見えているくらいの軽度のものは正常な状態ですから、わざわざ取る必要はありません。舌がカマンベールチーズの表面のようにびっしりと舌苔に覆われた状態、これはさすがに取った方がいい。そして、どこまで取るかというと、白いところが全部なくなるほど取る必要はありません。薄白く付いているコケまで完全に取ろうとすると、舌が痛くなってしまいます。とくに高齢者は粘膜が弱い傾向がありますから、気を付けてください。認知症の方に「舌苔は取った方がいいですよ」と勧めたら、血が出るほど取ってしまったことがありましたので注意が必要です。薄い舌苔がどうしても気になるのでしたら、軽く拭う程度にしてください。口の中が汚れていて、肺炎を繰り返しているような患者さんは、舌苔を取り除いたほうがいいと思われます。

舌ブラシの使いかた

舌苔を除去するには、舌ブラシで力を入れず、奥から手前にやさしく動かします。舌苔は舌の奥の方に多く付く傾向がありますが、舌ブラシを奥の方まで入れると「オエッ」と嘔吐反射で気持ち悪くなることがあります。そんなときは、舌を引っぱり出してやれば楽にできます。爪で舌を傷つけないよう、ガーゼなどを介して舌をつかめばいいのです。ずっと食べていなかった患者さんの場合、舌を動かしていませんから、舌の筋肉が短くなっていることがあります。舌をつかんで引っ張るのは、リハビリにも役立ちます。

歯ブラシの使いかた

歯ブラシを使うときは、ブラシを大きく動かすのではなく、小刻みに動かします。歯の汚れは、表面のツルツルしたところよりも、歯の隙間に入り込むように付いていますから、ゴシゴシというよりは、グリグリという感じで細かく使う方が効果的です。

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